2025年12月18日木曜日

10/28/2025 台湾帰省旅行 十二日目・旧海軍司令部壕・ひめゆりの塔・平和祈念公園 - 10/28/2025 Taiwan Homecoming Trip - Day 12: Former Imperial Japanese Navy Headquarters, Himeyuri Memorial Tower, Peace Memorial Park

 

沖縄3日目。この日は、あえて明るい観光ではありません。

最初に向かったのは、沖縄戦の最中、日本海軍が最後の拠点とした巨大な地下防空壕——
「旧海軍司令部壕」。

正直に言えば、ここは楽しい場所ではない。むしろ、沖縄の歴史の中でもかなり重く、ダークな一面に触れる場所。

それでも、沖縄という土地を本当に知ろうと思ったら、ここは避けて通れない。「知らないまま楽しむ」より、「知った上で感じる」ほうがいい。観光気分を少し置いて、心のスイッチを切り替える。

沖縄3日目は、静かに、深く考えるところから始まりました。


旧海軍司令部壕には、全長およそ450メートルにも及ぶ地下壕が残されていて、現在は一般の人でも実際に中を歩いて見学することができます。

薄暗く、ひんやりとした通路を一歩ずつ進んでいくと、資料や説明を読む前に、「ここで何が起きていたのか」が自然と伝わってくる。

空気の重さ、閉塞感、逃げ場のなさ。当時の戦時下が、どれほど恐ろしく、極限の状況だったのかを、頭ではなく肌で感じさせられる場所です。

ただ見るだけでは終わらない。歩いた分だけ、胸の奥にずしりと残る。そんな体験ができる地下壕でした。


旧海軍司令部壕を後にした私は、次の目的地 「ひめゆりの塔」 へ向かうべく、気合を入れてバス移動に挑戦。

そのルート、バスを3本乗り継ぐという、なかなかの上級編。……が、ここで痛感する。沖縄のバス移動、思ってた以上に難しい。

時刻表はあくまで目安、来るはずのバスはなかなか来ず、来たと思ったら違う行き先。「予定通りに行く」という概念が、少しずつ、しかし確実に崩れていく。

地図アプリとにらめっこしながら、「これはもう、流れに身を任せる旅だな」と悟る。

なんとかバスを2本乗り継ぎ、ようやくたどり着いたのは 糸満漁港。

ここで3本目のバスに乗り替える――はず、だった。予定では「少し待てば来る」。そう信じて30分。……来ない。

おかしいなと思って調べてみると、まさかの事実発覚。そのバス、すでに通り過ぎていました。そして追い打ち。次のバスは——2時間後。

げっ。思わず声に出る、本音。

糸満漁港で突然始まる、予定外の強制インターバル。「さて、どうする?」と、旅の神様から無言の問いを投げかけられた瞬間でした。

糸満漁港で立ち尽くしながら、グーグルマップさんに次の一手を相談。すると、「近くに気になる場所がありますよ?」とでも言うように、表示されたのが 山巓毛(さんてぃんもう)公園

そこには、戦前から使われていたという洗い場(?)が残っていて、さらに丘の上の高台にも何かあるらしい。「何かあるらしい」という曖昧な情報、嫌いじゃない。むしろ好き。

どうせバスは2時間来ない。だったら行くしかない。

というわけで、予定になかった寄り道、急遽決定。グーグルマップさん言われるがままに、“何があるかわからない丘”へ探検開始。


丘を登りきった先にあったのは、「糸満防空監視哨」の跡。

沖縄戦のさなか、ここは見張り台として使われていた場所らしく、さっきまで見ていた海と街の景色が、一気に違う意味を持って見えてくる。

そこに静かに佇んでいた石碑は、当時から残されているもの。新しく整えられた展示よりも、そのまま残っている存在感が胸に響く。

観光の予定にはなかった場所。でも、ここに立ったからこそ感じられた歴史がある。

バスを逃した偶然が、思いがけず、また一つ深い沖縄の一面に触れさせてくれました。


バス移動はここで潔く断念。タクシーに乗り込み、向かった先は 「ひめゆりの塔」

ここは、沖縄戦のさなか、看護要員として動員され、命を落とした「ひめゆり学徒隊」を慰霊するため、終戦後に建てられた記念碑です。

華やかな観光地とは、空気がまったく違う。立っているだけで、この場所が背負ってきた時間と重さが伝わってくる。展示や説明を目にしていると、沖縄戦では兵士だけでなく、多くの一般市民、そして若い学生たちまでもが巻き込まれ、命を落としたという現実を突きつけられる。

声を出す気にもなれず、ただ静かに見ているだけなのに、胸の奥が締めつけられるように痛む。

ここは「知っておくべき場所」。沖縄の美しさの裏側にある、決して目を背けてはいけない歴史を、強く、静かに教えてくれる場所でした。


次に向かったのは、タクシーで。はい、バスはもう諦めました。

目的地は、沖縄戦で最大の激戦地となった糸満市・摩文仁(まぶに)。

そこに広がるのが、世界の恒久平和を願って整備された広大な国定公園、「平和祈念公園」です。

青い空と海に囲まれた、一見するととても静かで穏やかな場所。けれどその足元には、想像を超える数の命と歴史が眠っている。観光ではなく、祈りの場所。

平和祈念公園の広い敷地内には、沖縄戦に関わる数多くの記念碑が点在しています。

ひとつ、またひとつと巡るたびに、名前、数字、言葉の重みが胸に積み重なっていく。正直、見て回るだけでも心が追いつかない。

それでも歩き続けているうちに、ふと気づく。空の色が、少しずつ変わり始めている。日はゆっくりと傾き、残された時間はそう多くない。

このまま終わるわけにはいかない。どうしても、最後に見ておきたい場所があった。気持ちを切り替え、足を早めて、夕暮れの公園を横切る。


向かった先は、沖縄戦の終局を象徴する場所。

日本軍・第32軍の最高幹部たちが自決し、組織的な戦闘が終わったとされる場所――
摩文仁(まぶに)の崖にある洞窟(壕)、「第32軍司令部終焉の地」です。

平和祈念公園の中でも、さらに奥へ、奥へと進んだ先。人影も少なく、ただ風の音だけが聞こえる場所に、その跡はありました。こんな沖縄の“端”とも思える場所にまで、戦争は容赦なく押し寄せていた。そう思った瞬間、胸の奥がずしりと重くなる。

美しい海を背にしながら、ここで戦争が終わったという事実。静けさが、かえってその重みを強く伝えてくる場所でした。

こうして、この日の 沖縄戦を巡る旅 はひと区切り。心も頭もいっぱいになった状態で、結局またタクシーに乗り込み(はい、最後までバスは使いませんでした)、那覇市内へ戻ることに。

向かった先は、「The Tacorice House」

さすがにこの日は、沖縄らしいものを体が求めていた。というわけで、沖縄名物 タコライス をしっかり補給。スパイスの効いた味とボリューム感が、一日分の重たい気持ちを少しずつ現実に引き戻してくれる。

考える時間、感じる時間、そしてちゃんと食べる時間。歴史と向き合い、最後は沖縄の味で締める。


……とはいえ、このタコライス、想像以上に激うま。

正直、「まぁタコライスだよね」くらいの軽い気持ちだったのに、一口食べた瞬間に考えを改める。え、こんなに美味しいの?

スプーンが止まらず、気づけば完全にハマっている自分。今日一日で受け取った重たい感情を、この一皿が優しく包み込んでくれる。

歩いて、考えて、悩んで、感じて。そんな長い一日の最後に、ちゃんと「美味しい」で終われたのがうれしい。

このタコライス、沖縄3日目を締めくくる最高のディナーでした。

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