台湾に来て五日目。外は台風が本気モードに入り、風は唸り、雨は叩きつける――どう見ても「今日は大人しくしていましょう」と天気が語りかけてくる状況だった。普通なら外出を即断で諦めるレベルである。
ところが念のため市役所に連絡してみると、返ってきた答えはあっさり一言。「通常どおり開いてますよ」。え、開いてるの?この嵐の中で?
こうなると話は早い。用事がある以上、行かない理由は消えた。覚悟を決め、実家のある「松山市」へ向かうことにする。まさか台湾滞在五日目に、台風直撃×役所ミッション というイベントが待っているとは思ってもみなかった。
天気は最悪、展開は予想外。でも、やるべきことはやる。こうして、台風に背中を押される形で、少々ハードな一日が静かにスタートしたのだった。
「松山市」へ向かうその途中、まずは作戦会議――いや、腹ごしらえだ。立ち寄ったのは、雙連駅(Shuanglian)近くにある 「雙連街魯肉飯」 。この台風コンディションで動き回るには、エネルギー補給が最優先である。
外は相変わらずの横殴りの雨。だが店内に一歩入ると、そこは別世界。湯気の立つ魯肉飯が目の前に置かれた瞬間、体も気持ちも一気に緩む。温かいご飯と甘辛い豚肉が胃に落ちていくたび、「よし、まだ戦える」と静かにHPが回復していくのが分かる。
嵐の中での移動前に、ここでひと息。魯肉飯は単なるランチではなく、台風ミッション前の回復アイテム だった。英気を養い、次の目的地へ向かう準備は万端である。
ここで密かに、いや正直に言えばかなり楽しみにしていたのが 鶏肉飯(ジーローハン) だ。丼の上には、ほどよく味付けされた鶏肉が惜しみなくのせられ、見た目は実にシンプル。だが、ひと口いった瞬間に評価は一変する。
あっさりしているのに、旨みがやけに深い。派手さはないのに、しっかり記憶に残る。口の中で静かに主張してくるこの感じ、「控えめだけど実力派」という言葉がぴったりだ。
台湾グルメといえば魯肉飯(ルーローハン)が圧倒的な知名度を誇るが、この鶏肉飯は決して二番手ではない。むしろ「なぜ今まで気づかなかった?」と自分に問いかけたくなるレベル。主役顔はしていないのに、気づけば印象を全部持っていく――そんな一杯だった。
派手さは不要。静かに美味い。これは胸を張っておすすめできる、台湾ごはんの実力者である。
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美味しそうなメニューが並びすぎていて、気づけば完全に頼みすぎゾーン へ突入していた気もする。「まあ、残したら残したで…」と一瞬よぎったその弱気は、料理が運ばれてきた瞬間に消滅。結果、すべてきっちり完食である。胃袋、よくやった。
そして最後のトドメは会計。これだけ食べて、合計 600NT$ 。日本円や米ドルに換算すると、だいたい20ドル前後。……え、計算合ってる?
ボリューム、味、満足感、すべてがフル装備なのにこの価格。もはや「安い」というより、「申し訳なくなる」レベルのコストパフォーマンスだった。台湾グルメの底力を、胃と財布の両方で思い知らされる瞬間である。
頼みすぎたと思った自分を、心の中で全力で許した。
美味しいランチで胃袋も心も満たされ、さっきまでの台風テンションはどこへやら。気づけば気持ちはすっかり前向きに切り替わっていた。やはり、うまい飯は最強のメンタル回復薬である。
ひと息ついたところで、次の目的地へ向かう時間だ。移動手段はバスを選び、そのまま 松山市役所 へ一直線。窓の外を流れる街並みをぼんやり眺めながら、食後特有の落ち着いた時間が静かに流れていく。さっきまでは「台風の中で役所か…」と思っていたはずなのに、不思議と気分は軽い。
こうして、腹ごしらえで整えた心身とともに、次の用事へ向けたスイッチをしっかり入れ直す移動となった。
ここでひとつ、台湾のバス事情について触れておきたい。
まず褒めるべき点から言うと、時間どおりに来るし、Easy Card(悠遊カード) があれば乗車は驚くほどスムーズ。迷う要素はほぼゼロで、実に便利だ。
――ただし、実際に乗ってみると話は変わる。
発進は力強く、ブレーキは容赦なく、カーブでは遠慮という概念が存在しない。気分はもはや「公共交通」ではなく、軽めのアトラクション 。油断すると体が持っていかれるレベルで、自然と手すりを握る力が強まる。
しかもこれはたまたま当たった一台だけの話ではない。台湾滞在中に乗ったバス、全部このノリ だった。つまり、これは個性ではなく文化なのだろう。
便利さは文句なし。その代わり、ちょっとしたスリルもセットで付いてくる。台湾のバスは、移動手段であると同時に、思いがけず「体感型コンテンツ」でもあった。
バスに揺られること約30分。スリル付き移動を乗り越え、目的地の 「松山区役所」 に無事到着した。ここからは観光モード完全終了、現実対応モード への切り替えである。
中では、いくつもの用事が待ち構えており、手続きに確認、確認に手続きと、気づけば頭をフル回転させっぱなし。想像していた以上にやることが多く、なかなか手強い時間となった。
派手さもワクワクもないが、こういう場面こそ旅の裏側。観光地では見えない「生活の顔」と向き合いながら、一つひとつ現実的なタスクを片付けていく。その過程で自然と背筋が伸び、気持ちも引き締まっていくのを感じた。
楽しいだけじゃない。この時間もまた、台湾に“戻ってきた”実感をくれる、大事なひとときだった。
市役所の中を歩いていると、ふと視界に飛び込んできたのが、婚姻届を提出しに来た人たち専用 と言わんばかりの、やけに華やかな一角だった。役所とは思えないほど明るく、可愛らしく、装飾は完全に本気モード。ここだけ空気が一段階ポップである。
書類と番号札の世界に突然現れるその空間は、もはやフォトスポット。「はい、こちらで幸せを背景に記念撮影どうぞ」と言われている気分になる。実際、ここで写真を撮れば、人生の節目の記録であると同時に、普通にインスタ映え も狙えそうだ。
堅いイメージの市役所に、こんな柔らかくて前向きな場所が用意されているとは少し意外だった。手続きの場でありながら、ちゃんと“お祝いの気持ち”も忘れない。そのさりげない配慮に、思わずほっこりさせられる一角だった。
市役所でのあれこれを無事にクリアし、肩の力がふっと抜けたところで、そのまま向かった先が近くの夜市だった。昼間は書類と確認事項に追われていた分、今度はちゃんと気分転換をしなければならない。
訪れたのは、地元の人たちからも支持が厚いという 「饒河街觀光夜市(Raohe Night Market)」 。役所の静かな空気から一転、屋台の明かり、人の波、食欲を刺激する匂いに包まれ、一気にスイッチが観光モードへ戻っていく。
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――が、現実はそう甘くなかった。夜市に到着してみると、台風の影響は想像以上。いつもなら屋台の明かりと人の熱気であふれているはずの通りは、シャッター率高めの静かな空間になっていた。
営業している屋台はぽつぽつと点在する程度で、人影もまばら。あの「どこを見ても食べ物、どこを歩いても人」という夜市特有のエネルギーは、すっかり姿を消している。むしろ静かすぎて、「本当にここ、夜市だよね?」と確認したくなるほどだ。
楽しみにしていただけに、その落差はなかなかのもの。台風の力を改めて思い知らされつつ、活気を失った夜市の風景が、いつも以上に寂しく胸に残った。
夜市の静けさに少し肩を落としつつ、次に向かったのは、従兄が運営している歯科診療所だった。実はここでひとつ仕込んでいたことがある――台湾に来ていることを、彼には一切知らせていなかった 。今回は完全なるノーアポ、ガチのサプライズ訪問である。
当然、受付では一瞬フリーズ。「ご予約は……?どなたでしょうか……?」極めて正しい反応だ。私も何食わぬ顔で立っているしかない。
しばらくして奥から出てきた従兄は、私の顔をじっと見つめ、数秒の沈黙。「あれ……?」次の瞬間、表情が一気に切り替わり、驚きがそのまま顔に浮かんだ。そう、気づいたのだ。
実に約20年ぶりの再会 。こんな形で、こんなタイミングで、しかも診療所で再会するとは誰が想像しただろう。驚きと懐かしさが一気に押し寄せ、時間が一瞬で巻き戻ったような感覚になった。
そして、次に向かったのは――いよいよ台湾にある私の実家だった。この家に戻るのは、実に44年ぶり 。数字にすると一気に重みが出る。
家の前に立った瞬間、胸に込み上げてくるものがある……はずだった。だが実際に最初に浮かんだのは、感慨でもノスタルジーでもなく、極めて現実的な疑問だった。「……あれ? こんなに外観、きれいだったっけ?」
記憶の中にある家よりも明らかに整っていて、どこか新しい。長い年月の風化を想像していた分、その“若返りっぷり”に戸惑ってしまう。まるでリフォームされ、別の人生を歩んできたかのような佇まいだ。
懐かしさが押し寄せる前に、まず驚きが先に立つ。44年ぶりの帰還は、記憶との再会というより、思い出が現実にアップデートされる瞬間 だった。時間の流れと変化を、静かに、しかしはっきりと感じさせられるひとときである。
44年ぶりに実家のアパートへ一歩足を踏み入れた瞬間、時間のフタが一気に開いた。懐かしさが波のように押し寄せ、胸の奥がぎゅっと詰まる。空気の匂い、壁の距離感、建物全体の気配――そのどれもが、言葉より先に幼い頃の記憶を呼び覚ましてくる。
そんな中、ふいに思い出したのは、子どもの頃に感じていた“理由のわからない怖さ”だった。アパートの奥にある一室。なぜかそこだけは近づくのが怖くて、用もないのに避けて通っていた。何があったわけでもない。理由も覚えていない。それでも当時の自分にとっては、確かに越えてはいけない境界線だった。
今あらためてその記憶をなぞると、恐怖はもう残っていない。ただ、あの頃の自分の小さな世界と、その中で必死に感じていた感情が、やけに愛おしく思えてくる。懐かしさに包まれながら、思わずこぼれたのは驚きではなく、静かな笑みだった。
アパートの中で記憶に身を委ねていると、今度は現実のほうからノックが入った。同じ建物に住んでいるという従弟が、わざわざ顔を出してくれたのだ。彼と向き合うのは、実に約20年ぶり 。時間の数字が続く一日である。
突然の訪問に一瞬驚きつつも、扉を開けた瞬間、空気はすっと和らいだ。見た目は変わっていても、声や仕草のどこかに、確かに知っている面影が残っている。その不思議な感覚に、言葉が出るまで少し間があった。
「久しぶり」という一言の重みが、20年分の時間を静かに埋めていく。派手な感動ではないが、じんわりと胸に染みる再会だった。長い年月を経ても、こうして自然に向き合えること自体が、何よりの証なのだと思えたひとときである。
ひとまず、この日のミッションはすべて無事に完了。ようやく肩の力が抜け、深く息をつける状態になった。台風、役所、再会――なかなか濃度の高い一日だっただけに、この解放感はひとしおである。
帰る前にもう一度 雙連駅 へ戻り、駅近くにある 「莊家班麻油雞」 で夕食をとることにした。今日の締めくくりに選んだのは、体に染みる温かい料理。慌ただしく動き回った一日だからこそ、ここでは急がない。
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私が選んだのは、店の看板メニューにして一番人気だという 「麻油綜合」 。丼の中には、鶏のさまざまな部位が遠慮なしに詰め込まれ、見た瞬間から「これは本気だ」と伝わってくる一杯だ。
立ち上るのは、麻油(ごま油)の香ばしい香り。スープをひと口すすると、そのコクが麺にしっかり絡み、体の芯まで染み渡っていく。さらに驚くのは具材の量。内臓系も含めて「サービス精神、振り切ってません?」と言いたくなるほど惜しみなく入っていて、食べ応えは文句なし。
これで価格は 220NT$ 。米ドルにすると、だいたい7ドル前後。このボリューム、この満足感でこの値段――計算が合わないほどのコストパフォーマンスだ。
一日の終わりに、体も心もきっちり満たしてくれる。そんな役目を完璧に果たしてくれた、締めにふさわしい一杯だった。
振り返ってみれば、今日は予定していた用事をきちんとこなし、そのうえ美味しい食事まで楽しめた、かなり満足度の高い一日だった。夜市が台風の影響でほぼお休み状態だったことだけは少し心残りだが、それを差し引いても十分に濃い時間を過ごせたと思う。
ただ、気持ちよく一日を締めたいところで、どうしても頭をよぎるのが明日の天気 だ。予報では台風の影響は今日よりさらに強まるらしく、このままいけば店や施設が次々とクローズする可能性も高い。そうなると、明日の予定は白紙――なんて展開も十分あり得る。
達成感と不安が同時に居座る、少し落ち着かない夜。
「まあ、明日は明日の風が吹くか」と自分に言い聞かせつつ、台風の行方とともに、次の一日を静かに待つことにした。